「あ、俺、渉ちゃんの彼氏にも逢ってみたい。ダブルデート？ 葵、したいって言ってたよな」
「あー言ってたね、そんなことも」
……そんな話、してたんだ。
見えないから表情は分からないけど、葵の声は少し笑いを含んでるように聞こえた。
「ていうかさっき、聞いてみれば良かったな。渉ちゃんもう電車かな」
「……かもね」
自分の名前まで出る会話にヒヤヒヤしながらも平然を装って、持っていたカプチーノをちまちまと飲み進める。
その後も七尋くんは行くならどこに行きたい？とか、まだ暑いから涼しいとこがいいよな、とか。はたから見ればデートの予定を立てる会話を続けていた。
だけど、それがどうしてもあたしには、葵の機嫌を取っているようにしか聞こえなくて。
『なんか、謝ってくれて、好きだって言ってくれて、安心したけど……これで終わりなの？って、どっかで思ってる』
浮気が発覚してから１ヵ月以上経ってる。七尋くんがゴメンって、葵が好きだって言ってからも２週間以上経ってる。
七尋くんは許してほしいんだと思う。葵も許してあげたいんだと思う。それでいい。ふたりがそう決めるなら、間違いなんかじゃないって、思う。
それでもやっぱり――……。
「ねえ」
「うん？」
「あたしと七尋が初めて喧嘩した時のこと覚えてる？」
「え？ あー……俺が、連絡返さなかったから、とかじゃなかった？」
「そうだっけ。でも、そうだったかも。メールが返ってこなくても、忙しいんだろうなって我慢して。でもあたしは結局怒っちゃったのかも」
「……俺も悪いとは思ってたけど、逆ギレしてたよな。どうしたの、急に」
ハハッと言葉の途中で笑いながら、七尋くんは不思議そうな顔でもしてそうだった。
「喧嘩しても、後から考えるとくだらないことで怒ってたなって」
「おいー。くだらないって何だよ。その時は本気だったろ？」
クスクスと笑う七尋くんに、葵は今、どんな表情を向けているんだろう。
「うん、本気だったね。だけど段々、喧嘩しても面倒になって、なあなあにしちゃって。不満はあるのに、口にすることが少なくなった」
「……まあ、そうかも？ でもほら、不満なんて誰にでもあるだろ？ いちいち口にしなくても……」
「そういう積み重ねも、悪かったんだなって思う」
あたしは行き交う人を眺めながら、ひたすら葵の言葉に耳を傾けていた。
