それでも君と、はじめての恋を





「――渉」


帰りのホームルームが終わって、ずっと机に落としていた視線を上げると葵が鞄を持って立っていた。


「今日5限終わりで良かったね」

「……バイトまで微妙に時間空いちゃったけどね」

「あ、渉は今日バイトか。……まあ、昼間に帰らないだけで偉いよ」


そう言いながら葵はあたしの前の席へ腰掛けると、壁に寄り掛かって教室を見渡す。


「それって、夏休みの登校日に早々と帰ってきたことを言ってる?」

「うん。渉めちゃくちゃ不機嫌だったよね」


あたしの机に頬杖をつく葵はクスリと笑ったけれど、あの日と今日の気分を比べると、あの日の方がまだマシだった。


怒っていた。ずっと、自分は悪くないって。モモが言っていることが理解できなくて、何でそうなるんだと思っていた。


聞いても明確な理由を話してくれないモモに納得いかなくて、苛立って、面倒になって。


『いいや』って言われたからあたしも『もういいや』って思ってたけど、結局また今日、怒りが爆発してしまった。


怒ってる。いい加減にしろって思ってる。だけど何でか今日は、悲しさが勝った。


「桃井さ、ヤキモチ妬いただけでしょ」

「……そんな可愛いものじゃなかった」

「まあ、夏休みからピリピリしてたし、火に油注いだって感じにはなったよね」


葵が言ってることは分かるのに、だからと言ってどうすればいいかなんて思い浮かばなかった。


伝わってほしいことが伝わらなくて、しんどくなる。声を荒げることよりも先に、涙が出てしまいそうになる。


この気持ちは、なんなんだろう。


「あ……」


声が聞こえた方に目を向けると、森くんがあたし達の横を通ろうとしているところだった。どうやら葵と目が合ったらしく、森くんはあたしとも目を合わせて笑う。


「バイバイ」

「森アンタ、超気まずそうなんだけど」

「そりゃ色々気まずいだろー……」


葵に鋭い突っ込みを入れられて、森くんは心なしか肩を落としながら苦笑した。


七尋くんと葵のこともあって、あたしとモモの喧嘩にも直面してるもんね……。


「森くん……夏休みの時ごめん」

「え? ああ、いいよいいよ! 渉ちゃんの気持ちも分からないでもないからさー」


言いながら森くんはあたしの背後へ視線を固定する。振り返ると純とモモがこちらを見ていて、モモと目が合ってしまった。