「送る」
壁際に置いたままだった鞄にモモが手を伸ばした時には体は動いていたし、それから数秒もしない内にモモの背中へ抱き付く自分がいた。
モモは目を見開いて一瞬呼吸を止めたかもしれない。驚いて肩を跳ねさせたかもしれない。
そんなことも分からないまま、ひたすら回した腕に力を込めていた。
きっとモモからすればあたしの腕力なんて大したことないだろうけど、ぎゅっと力一杯モモを抱き締めることでしか愛しさを伝えられない。こんなんじゃ足りないとさえ思った。
「……」
背中に押し付けていた顔を上げると、モモは壁と向かい合ったまま微動だにしていなかった。
項垂れていたことは分かったけど、何だか反応がないことが悔しくて抱き付いたままモモと壁の間に回り込む。
すると、よろりと一歩下がったモモがまた一歩、もう一歩、逃れるように後退していった。
それでも回した腕を解かずに追いかけてみると、モモの胸に付けていたあたしの頭が僅かな反動を受けて離れた。
どうやら行き止まりらしい。
モモの踵が、先程とは別の壁に行く手を阻まれていた。
――真っ赤になってるのかなぁ……どうだろ。今のモモは、どんな顔をしてるんだろう。
「――渉」
……やっと反応した。
だけどちょっと弱ってるモモの声に、またギュッと抱き締める力が強くなってしまう。
「……んー?」
けだるげに返事をしながら顔を横に向けると、モモの手が行き場を失ってることに気付いて笑ってしまいそうになった。
「何、急に……」
それ聞いちゃうの? 抱きしめ返すとかすればいいのに、モモって本当に変わらない。
……変わらないけど、恋愛経験値はちょっと上がってる。と、思う。
「モモの失敗談聞いて好きだと思ったから」
「……」
「だから抱き付いてみたの」
「……」
絶対理解してないな。別に分かってもらわなくたっていいんだけどさ。
本当は愛しくなって抱き締めたくなったなんて、あたしだって言えない。



