「いやぁ、寶くん何も話さないから店長も知らないんですよ。なれそめ」
「……」
牧野さんはほとんどあたしを見ることなく、ひたすら手を動かして聞いてくる。
かと言って苦し紛れの話題っぽくもなく、興味津々という感じでもない絶妙な距離感に、身構えていたあたしの緊張は少しほぐれた。
「えと、高1の冬にあたしがココアをぶちまけちゃって……」
「寶くんにかかっちゃったってことですか?」
「そうです。その時初めて話して……って言っても、"別に"とか"別にいい"ってしか返ってこなかったんですけど」
「あはは! どうしよう、想像つきますね」
笑う牧野さんに、事細かにとまではいかないけれどモモを好きになるまでにあったことや、好きになったあとのことを話した。
その間にブリーチ剤を塗り終わって、時間を置いてる間に男性の美容師が「寶くんの担当です」と紅茶を持ってきてくれて、少し話したり。
どうやらここで働いてる美容師はみんなモモの性格を知ってるみたいで、牧野さんは「きっと渉ちゃんが積極的なんだろうなって思ってました」と最後まで笑顔で担当してくれた。
「どうですか?」
「わ。なんかサラサラです!」
ドライヤーを掛け終わった頃には、ほとんど緊張もなく牧野さんと話せるようになっていた。
「少し傷んでたから、シャンプーのあとに使うトリートメントとは別のものを使ったんです。美容師一同からのプレゼント」
「っえ! そんな、すみません……!」
艶が違うと思ったら、そんなことをしてもらっていたなんて。
「みんな会いたがってた、なんて言って緊張させちゃいましたから。プレゼントというか、お詫び?」
フフッと笑う牧野さんに申し訳なく思うほうが失礼かもと、笑い返した。
「ありがとう御座います。嬉しいです」
「どういたしまして! 次はエクステですね、お手洗い大丈夫ですか?」
「あ、借りてもいいですか」
「どうぞどうぞ」と牧野さんに案内されて、お手洗いを借りる。白いドアを開けるとまたドアがあって、横には鏡と手洗い場があった。
鏡に映る自分はまだ少しいつもと違う感じがしたけれど、綺麗にしてもらった髪に嬉しさを覚える。
店の内装も可愛いし、牧野さんたち美容師も優しいし、緊張したけど来て良かったなぁ。
「…………」
あれ? あたし何か忘れて……。
便器に腰掛けてハッ!とするあたしはきっと、相当間抜けだったと思う。
――モモがいない!



