「お願いですから受け取ってください!」


本当にこれで勘弁してください!


そう思いながら力強く差し出したあたしの手を、大きな手が押し戻す。触れた手の冷たさに驚いて桃井くんを見上げると、もっと驚くことになった。


「ほんと、いいから」


それだけ言って立ち去る桃井くんの背中を、呆然としながら見つめることしかできない。


「……困った顔、してた……」


あの、無表情で無愛想と言われる鉄仮面の彼が。


困った顔を……。


え!? 何!? 幻!?


思わず辺りをキョロキョロと見渡したけれど、あたしは廊下に立っていて、その先を歩いてる桃井くんの背中は本物だった。


「嘘でしょ……」


奥底からジワジワと、何かが溢れ出す感覚。


……ドキドキじゃない。チクチクともしない。そんなのとは、違う。


胸が、湧き上がる興味に震えた。


「――桃井、寶」


ピンクブラウンの髪が見えなくなると、ポツリと呟いた。手に感じた冷たさと、その手に握られた2千円に、なぜか頬がゆるむ。



あたしと桃井くんの出会い。

平凡な毎日に起こった、小さな変化。


なにかの始まりを予感させた、高1の冬の出来事だった。


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