アリスズ


 梅は、目を見開いていた。

 血が。

 血が、飛び散る。

 エンチェルクの──向こう側で。

「ウッ!」

 苦悶の悲鳴をあげるのは、男だった。

 エンチェルクの向こうで、男は崩れ落ちてゆく。

 何が。

 一体、何が起きたのか。

 いや、もう見えていた。

 梅の側仕えでは、隠し切れない長身の男が、倒れた男の影から現れたのだ。

「荷馬車が停まっていると思えば…」

 はぁ。

 安堵のため息をつくのは──アルテンリュミッテリオ。

 そう、テイタッドレック卿の子息、アルテンだった。

 どうしてここに?

 落ち着かない息を整えられないまま、梅は彼を見た。

「手紙をくれたろう? 都へ行くと」

 剣の血を振り払い、彼は倒れ伏す男の首筋にまっすぐに立てた。

「目を、閉じていた方がいい」

 アルテンは、穏やかな呼吸のまま、そう言った。

 へなへなと崩れ落ちるエンチェルクは、しかし、両手で自分の顔を覆う。

 梅は、そのまま見ていた。

 もはや、男は助からない。

 アルテンはそう判断して、とどめを刺そうとしているのだ。

 彼の中に『武士の情け』というものが、はっきりと息づいている。

 菊が植えつけたものだ。

 だから、梅は目を閉じなかった。

 菊の戦いを見るように、彼女はアルテンのことを見たのだ。

 そして、ひとつの命が費えた。

「もう一人は、気絶しているわ」

 燃えさしで腹を突かれてはいるが、死ぬほどではないだろう。

「さすがだな…」

 ふっと、昔を思い出したようにアルテンが笑みを浮かべた。

 前に、梅にやられたことを思い出したのかもしれない。

「いいえ…あなたが来なければ、多分私たちが倒れていたわ」

 手紙を見て、彼は追って来てくれたのだ。

 梅と菊とで作った縁が──闇夜の中できらめいて見えた。