アリスズ


 梅が使えるのは、あくまでも自己防衛手段。

 殺傷力があるわけでも、相手を確実に行動不能に出来るわけでもない。

 そして、何より。

 長くはもたない。

 それでも。

 梅は、戦わなければならないのだ。

 観念したと思ったのだろうか。

 男が一人、無造作に近づいてくる。

 その手は、迷うことなくエンチェルクに伸ばされようとした。

 梅は──突いた。

 彼女には、たいした力はない。

 面の力を加えたところで、ほとんど相手にダメージは与えられない。

 だからこそ、拾った燃えさしを、容赦なく男の腹へと突き立てたのだ。

 闇を引き裂く絶叫を聞き流しつつ、前のめりになる男の延髄を叩き落す。

 とにかく、脳震盪を起こさせる他、方法を見出せなかった。

 不意打ちが完全に決まり、男はそのまま昏倒する。

 ひと、り。

 縮み上がる肺から、深く深く息を吐いた。

 これだけでもう、胸が苦しい。

 情けない呼吸を整え、もう一人を見る。

「いいトコの娘かと思いきや…やるじゃねぇか」

 だが。

 梅の動きを見たもう一人の男に、油断はなかった。

 しっかりと剣を構え、じりっとにじり寄ってくる。

 対する彼女には、もう何の武器もない。

 もはや、相手は剣の届く範囲より近づいてはこないだろう。

「エンチェルク…逃げなさい。いまなら逃げられます」

 梅は、もう一度言った。

 ぶるっと。

 彼女は、一度頭を大きく左右に振った。

 それは、否定の意味というよりは、自分を奮い起こしているようにさえ思える。

「わ、わ、私が、あの男に飛びついたら…その間に、勝てます?」

 声が、裏返っていた。

 相手にも筒抜けの大きさだった。

 それでも、エンチェルクは本気だ。

 本気でやろうとしている。

「や…やめなさい!」

 梅は。

 梅は、止めようとしたのだ。

 だが、しなやかな彼女の動きは、梅の声よりも速く。

 男の前へと飛び出す。

 剣が、振り上げられる。

 ああっ。

 焚き火を──血しぶきが、濡らした。