アリスズ


 梅を寝かしつけ、菊は定兼を持って部屋を出た。

 綺麗に刀を清め、拭き上げようと思ったのだ。

 方向も分からず、適当に歩いていると、扉の前にダイが鎮座していた。

 いかにも、主君を守っていますという姿だ。

 ああ。

 この中に、『あれ』がいるのか。

 小さい主君の姿が、菊の頭をよぎる。

 ぶっちゃけ、どこの御曹司かなんて、菊には興味はなかった。

 まだ、このダイという男の腕前の方に、興味があるくらいだ。

 足を止めて、少しダイと話をしようかと思ったら。

 扉の中から、景子の声がわずかに漏れてくる。

 ああ、ここにいたのか。

 中に興味を示した菊に、ダイはあまり歓迎している様子はない。

 ちらりと、彼女の持つ刀に目をやる。

 そんなものを持って近づくなよ──そう言いたいのか。

 そういう意味では、景子の無防備さは、ダイも納得済みなのか。

 いい意味でも、わるい意味でも、景子は普通の日本人だ。

 頭の構造が平和で、明るくて情にもろい。

 こんな、人に斬りつけてくる悪漢が出てくる世界では、それは非常に危険だった。

 だからこそ、『あれ』のような実力者に目をかけられるのは、彼女自身のためにはいいことなのだ。

 私は…どっちへ行くかな。

 菊は、正直どっちでもいいと思っていた。

 梅を置いていくことに、心残りはないのかと聞かれれば、それは嘘になる。

 しかし、同じ家に住みながらも、いつも彼女ら姉妹の向いている方向は別だった。

 梅は、身体が弱いことさえ除けば、たくましく生きていける女である。

 こんな家の生まれのおかげで、護身術の心得もある。

 ここの女主人の庇護さえ確約できれば、どこよりも安全にさえ思えた。

 だから、菊は旅に同行する手もあったのだ。

 じっとダイを見た。

「………?」

 怪訝な目を返される。

 それに、彼女は苦笑を浮かべて立ち去ることにした。

 戦うには、こっちが良さそうだよな──そんなことを思いながら。