アリスズ


「この西翼に、来ている者の名に目を通したが…」

 冷ややかで厳しい声が、流れ始める。

 景子はソファに向かい合って座ったまま、緊張でカチコチになっていた。

「ソレイクル16殿下の連れて来た貴方だけが、素性がまったくはっきりしていない」

 あれ…。

 景子は、言葉に嫌な汗が流れ始めた。

 協力しようとして部屋に入れたはいいが、この質問の方向性は危険なのではないかと気づいたのだ。

「名も、いかにも異国の者としか思えない…一体、貴方はどこの国から来た何者なのだ」

『貴方』という言葉が、既に『お前』にしか聞こえなかった。

 それほど、彼の声には疑いをはらんでいたのだ。

 そりゃあ、私のところに来るわな。

 名前も素性も怪しい。

 そして、被害者であるロジューの側にいるのだ。

 景子が直接犯人じゃないにせよ、手引きをしたと思われてもおかしくない状況だった。

 その上。

 この男に、『日本です』と答えたら、更に突っ込んで根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。

 どう、しよう。

 状況は分かったものの、どこからどう答えていいか分からない。

 その上、景子の事情を知る者も、味方も同じ空間にはいないのだ。

「ええと…私は、農林府の仕事をしています…」

 とりあえず、思いついた言葉を挙げてみる。

 この国の役所で働いている──それが、どれほどの威力を持つかは分からないが。

「農林府で?」

 疑いを、まったく隠さない瞳だ。

「はい、リサー…ええと、ブエルタリアメリー卿の紹介で…」

 長い名前に、舌が絡まりそうになりながらも、何とかそれを告げた。

「ふむ…それで、国は?」

 ああ。

 生まれの国について、忘れてくれる気はないようだ。

「ええと…ブエルタリアメリー卿のご子息に、聞いていただけますか?」

 景子は。

 ついつい、その問題をリサーに丸投げしたのだった。