アリスズ


 眠れるはずなどなかった。

 隣室に、景子用の部屋を用意してもらって、そこでようやく眠れるはずだったのだが、いろんなことが起きすぎて、とてものんびり眠っていれられる状態ではなかったのだ。

 あうう。

 唸るように、景子はベッドの上で寝返りをうつばかりだった。

 そんな彼女の部屋のノッカーが──微かに鳴る。

 コツコツと、ほんのわずかに扉に当てられるだけ。

 びくっとして、彼女はベッドで目を開く。

 気づいたら、ぎゅっと枕を抱きかかえていた。

 カチャリ。

 微かに、扉が開く。

 ひいいいいいいい。

 枕を押しつぶさんばかりに、景子は強く抱きしめる。

 声も出なければ、身体も動かない。

 その微かに開いた隙間から。

「ケイコ…」

 呼びかける、微かな声。

 ぱぁんっと、彼女の恐怖が弾けた。

「アディマ!?」

 驚いてあげた声を、慌てて自分でふさぐ。

 彼が、堂々とこの部屋に、来られるわけなどないではないか。

 するりと、中に入る身体は──イデアメリトスの光をまとっていなかった。

 扉を閉めてしまうと、部屋の中は真っ暗になるので、なおさらそれが際立って感じるのだ。

 え?

 違和感のあるその様子に、慌てて彼女は枕もとのメガネを取る。

 しかし、元々光はメガネが見せていたものではない。

 かけたところで、光が増えるはずなどなかった。

「ああ…ちょっと抜け出してきたからね…ケイコにはちょっと奇妙に見えるかもしれないけど、これも僕だよ」

 彼女を不安にさせないように、扉のところで足を止めたまま、アディマは静かに声をかける。

 そっか。

 長とカナルディと、これでアディマの三人目。

 イデアメリトスの、きっと魔法のひとつなのだろう。

「西翼で騒ぎがあったって聞いて…心配になってね」

 アディマだ。

 彼が主役の祭なのだから、忙しいに違いないというのに。

 怖かったことから解放されて、安堵して、アディマがきてくれて嬉しくて。

「えへ…」

 笑おうとしたのに──涙が出てしまった。