アリスズ


 ケーコ。

 そんな、たどたどしい呼び方でも、相手に自分の名を伝えることが出来た。

 その事実に、彼女はとても喜んだ。

 そうなると次は。

 自分の胸にあてた手のひらを、今度は子供ならざる者へと向けるのである。

 あなたは、と。

 不思議な不思議な猫目石のような瞳を持つ、子供のようで子供でないもの。

 何か、特別な人であることしか、景子には分からないのだ。

 子供ならざる者は、自分の胸に手のひらをあて、微かに首を傾けた。

 自分の名前を聞いているのか。

 そう、聞き返しているように感じた。

 こくりと、彼女が頷く。

 だが。

「──……」

 その唇が、何かを発しようとした時。

 ようやく落ち着いてきた女性が、二人のやりとりを見て、それを止めようとする。

 剣で辺りを警戒していた男さえも、慌てて鞘に収めて割って入ってくるではないか。

 何か、悪いことを聞いたのだろうか。

 ただ、名前を聞いただけなんだけど。

 違うことと誤解されたのかもと思い、景子はしょんぼりとしながら三人のやりとりを見ていた。

 子供ならざる者は。

 軽く首を横に振って、彼らの干渉をやめさせると、景子の方をまっすぐに見るのだ。

「アディマバラディム……──」

 長く、長く音は続いた。

 な、長い。

 彼はもしかして、正式な名前を名乗っているのかもしれない。

 景子のように名前だけではなく。

 困った。

 同じように復唱する自信がない。

 こんなことなら、自分も苗字まで名乗っておけばよかったと、すっとぼけたことを考えていた。

 あーあーあーあー。

 景子の戸惑いを見取ったらしい相手が、もう一度繰り返す。

 やはり、途中から覚えられない。

「あ…アディマ?」

 それが、精一杯だった。