アリスズ


 遠くで、たくさんの悲鳴が聞こえる。

 それに震えながらも、景子は腕に梅を、そして目は子供ならざる者から離せないでいた。

「───」

 後ろでひとつに髪を結わえた男が、子供ならざる者に一言何か伝えると、細い剣を抜く。

 すぐ側で、彼らを守ろうというのだろう。

 しかし、その男の腕はそう太くはない。

 血なまぐさいものとは、少し遠い気も持っている。

 戦いが、そんなに得意というわけではないのだろう。

 女は、ただぜいぜいと、呼吸を繰り返すのに一生懸命だった。

 菊さん、大丈夫かな。

 景子は心配でたまらなかったが、しかし、もはや向こうの光を見ることは出来ずにいる。

 最初、見てしまったのだ。

 人の命の火が、消える一瞬を。

 老衰ではない突然の死は、炎のように一度気を燃え上がらせ、そして電気のスイッチを切るように消え失せる。

 いま菊たちの戦っている相手は、その消え失せる直前に、激しい呪いの気を吐き散らすのだ。

 そんなものに、感染したくなかった。

 目を洗うかのように、彼女は子供ならざる者を見る。

 瞳は、琥珀がかった金色。

 肌が浅黒いので、その瞳がとても映えていた。

 黒髪は、とてもとても細く長く。

 一つに編んで、首に何周も巻いてある。

「………」

 言葉を何も探せないまま、彼を見る。

 第一、言葉を探せたところで、通じないのだから。

 そこまで思って、景子はふっと思いついた。

 そうだ、と。

 言葉が通じなくても、何とか伝える方法もあるではないか。

 彼女は、片方の手を自分の胸にあてて見せた。

「け・い・こ」

 音を聞かせるように、自分の名前をゆっくりと綴る。

 子供ならざる者は、微かに首を傾げた後。

 もう一度、耳を澄ます姿勢を取った。

 意図が通じたのだ。

 景子はもう一度、自分の名前を伝える。

「……ケーコ」

 初めて、子供ならざる者は──彼女の名を呼んだ。