アリスズ


 扉が、開いた。

 乱暴な一撃だった。

 何の障害物もなくなった、ほんの少しの距離のところで、アルテンは目の周りを真っ赤にして梅を睨んでいる。

「この、次期テイタッドレック卿となるべき私が、武者修行だと!」

 野にまみれろ、というのか!

 片手を大きく横に広げ、彼は全身で怒りを露わにする。

 梅は、それを静かに見ていた。

「貴方はもっと…人をお知りになるべきです」

 最終的に怒り散らせば、彼は全てを手に入れられたのか。

 たった一人の跡取り息子──そんな肩書が、アルテンをこんな男にしてしまったのだ。

「うるさい、うるさい! 何の身分もない、どこの馬の骨とも知れぬお前に、こんなに目をかけてやっているのに、何だその態度は!」

 横に広げられた手が、梅にまっすぐに伸ばされる。

 彼女はそれが、スローモーションのように見えた。

 すっと、横に身をかわす。

 アルテンは、勢い余ってよろめいた。

 振り返る彼の胸を、人差し指でまっすぐに突く。

「うっ」

 一瞬、長身のアルテンは動きを止めた。

 指先に、気を強く込めたせいだ。

 山本家の娘である。

 たとえ身体は弱くとも、護身術は身につけていた。

「ここから先は、屋敷の中の御両親ではなく…世界に育てられていらっしゃいませな」

 梅の脳裏に、『彼』がよぎった。

 菊と景子を連れて行った、小さい者。

 最初から、ああだったわけではあるまい。

『彼』もまた、世界に育てられているのだ。

「行き先に迷うようなら…捧櫛の神殿にでも詣でてみられたらいかがですか…あの御方のように」

 指を、離した。

 アルテンは、突然酸素が戻ったように、ぜいぜいと呼吸を繰り返す。

「……!」

 そして。

 怒りを消しきれないまま、走り去ったのだ。

 走って帰れるだけ、元気で良いことだわ。

 その場にへたりこみ、今度は逆に梅がぜいぜいと息を乱す番だった。

 久しぶりに、武道の呼吸を使ったせいだ。

 ああ。

 疲れた。