ドアをノックすると、どうぞという声が返ってきた。

中に入ると、緒方教授はこちらに背をむけて本の整理をしていた。

「持ち帰る本と置いておく本が混ざってしまってね。少し待っててくれないか」

教授は赤黒のネルシャツにジーンズといういでたちだった。

緒方教授はスーツ嫌いというのが学生の間での定説だ。

本人はそれを肯定していない。

理由(わけ)を訊いた学生がいたが「何となく」という返事が返ってきたらしい。

「やっと探していた本が見つかったよ」

緒方教授は本を眺めながらこちらに向き直った。

緒方教授は現在50代後半である。

髪には白いものも混じっているが、その量は多くふさふさとしている。

肌には張りがあり、染みひとつない。

そしていかにも文人といった品のある顔だちをしている。

それでいてラフな恰好を好んだり、猫好きといった親しみやすい面もあるものだから、学生たち・特に女子学生たちからの人気は高かった。