「!!……道化?……いや別に」


驚いた。
気配を感じなかった。
いつの間にか自分の目の前には、道化がいた。此方の顔を覗き込んでいる。
その顔には、目と頬を沿うように二つの赤い線が入っていて、まさに道化。

だが近い。思わず、顔を逸らす。

「…顔色、ワルイね。それにこんな夜更けにそんな大荷物を抱えておジョーさん独りで、別に??……全然そんな風には見えないんダケド」



「君には関係ないだろう?……退いてくれ、時間がないんだ」


後ろに抱えた風呂敷を無意識に道化から隠す。


「アア、すまないネ!引き留めるつもりはないんだ、この夢のように温かい春の国を出て行く事を……」


「っ、…!!」


ピエロの目が鋭く此方を射抜く。左目は髪で隠れている為、片方の目しか見えていないのに、その視線は威圧感がある。まるで、何もかも全て知っているようでなんとも心地悪い。


「図星、カナ……?。……まぁ、僕的にはちょい残念って感じ?」

「………?」


「今日の昼間、僕達の公演があるんだ。せめて観てから、出て行って欲しかったナ」




「公演……。魅力的だが、先を急ぐ旅なんだ……。そんな時間はない」


「んん…、残念。ーどうぞ、いってらしゃいませ、おじょーサマ」

ピエロは、わざとらしくウェイターが客を迎えるように頭を垂らした。
少女、ルーダーベは眉をしかめる。



「……君は一体、何者?」


「ただの、サーカスの道化でございますョ」


道化はそういってニヒルに笑った。
ただの道化。そうは見えないのは気のせいではないだろう。
怪しすぎるが、彼に構っている時間はない。



「……そうか。それじゃあ公演、頑張れよ」



ルーダーベは、すぐに立ち去る。手には大量の書物を抱えているため、歩く速さはごくゆっくりなのだが確実に先のこの国で一番高い建物に向かって、足を進める。
目にこの景色を焼き付けるように。