穏やかな小春日和。
青年、ザァルはいくつもの階段をかけ上がる。

幼い頃からの通り慣れた道。
それゆえ、速度は緩まることを知らない。
ザァルは、駆けていた。
だだ一つ、自分の片翼に会いに行くために。
今日、その彼女が見たがっていたサーカスが来たのだ。偶然広場で目についた独特の装い。善は急げ。こうしてはいられないと直ぐに行動に移した。


目には嬉しそうに、だが控えめに微笑む彼女が浮かぶ。思わず自分の口角も上がってしまう。彼女の喜びは俺の喜び。小さな頃からずっと一緒だった自分達はけして千切れることのない絆を持っている。
この国リグの一番の高台に位置している彼女の家が見えた。クリーム色の塗装に焦げ茶の屋根のこの国ならではの外観だ。


「さっすがに全力疾走は疲れたな……」


その家の門の前で一息ついて息を整える。


「よしっ…、ルーダーベ!!ルーダ!!」


再び勢いよく片翼のルーダーベの家の玄関を開け、そのままの勢いで彼女の部屋にノックもせずに入る。

「ルーダ!!……ってあれ?」



開けた部屋には、誰も居なかった。普段ならベッドから上体を上げたルーダが居るはずなのに。

ゆっくりと部屋に入る。
おかしい。
本の虫である彼女の部屋には、机に大量の本があったはずなのだが、それもこぞってなくなっている。

まるで、もうこの部屋の主はいないかのようだ。
まさか……

「っ……、そんな訳っ!!」


「ルーダーベなら出て行ったぞ」


急に聞こえた荘厳な声にザァルは振り向く。そこには八十を越えているだろう、老人がいた。