ボクには今日、ひとつだけやり残したことがある。


塀の上では、ミチとイチロー、マリネが寝転がっている。

ボクは、塀の上から、いくつか立ち並ぶ赤い物体の上に飛び降りた。

『………なんだよ、れおん。もう帰るのか?』

イチローは眠そうな顔をして尋ねてくる。

『ああ。そろそろ帰らないと、家の人に閉め出されるんでね。』

ボクはすまし顔でそう答えた。

『じゃあ、そろそろアタシも帰ろうかな。その前に、寄るところがあるんだけど』

マリネが起きがけにそう口にした。

『寄るところ?』

ミチが不思議そうに問い返す。

『ええ。そこに住んでいるおばあさんが、今日来たら美味しいクッキーをくれるっていうのよ』

『偶然だね。ボクも、そのおばあさんに呼ばれているんだ。』

右手で毛並みを整えながら、ボクは時折目をつぶりつつそう言った。

『でも、ボクの場合は、クッキーじゃなく、キャットフードというものだけどね。』

『あれは、クッキーじゃないの?』

マリネが、目を丸くして尋ねた。

『ああ。あれはキャットフードと言って、ボクたちのために作ってくれた食べ物さ。』

「あっ、れおん。ごめんね。ちょっと下りてくれる?」

いつの間にか、ここのお店で働くさとみさんが、手に大きな袋を持って立っていた。

「この空き缶入れやペットボトル入れも、ずいぶん汚れちゃったなぁ。また、洗わなきゃね。」

ふたを開くと、きっちり収まっていた袋の端をつまんで、引き上げる。

ガラガラガラと音を立て、その姿があらわになると、ボクはピンとひらめいた。
さとみさんやけんいちくんたちが、毎日のように口にしているジュースというものが入っているらしかった。

『………なるほど。中身がなくなると、この中に入れるのか。』

「なに、れおん?お腹すいちゃった?」

笑顔のさとみさんが、新しい袋を広げながら、そう尋ねてくる。

『いや。ボクは今からそこのおばあさんの家でよばれるから、心配はいらないよ。』