美智代にとって、広信は優しい夫だった。

いつも自分を見ていてくれる。

美智代の作った料理ならと、大満足して食べてくれる。

しかし、なぜかカレーだけはすぐに自分の母親の味と比べ、その足元にも及ばないなどと言うのだ。

そのため、美智代もカレーを作るときは周りが見えなくなるほど念を注ぎ、毎回、今度こそはというつもりで作ってきた。

が、未だ成果なし。

まだ、一度たりともカレーで広信が満足した顔を見ていない。

でも今日のカレーなら――

「大変!」

再び鍋の中を見下ろした美智代は、慌ててレードルをかき回した。

カレーの煮えかたが、だいぶ慌ただしくなっていた。

鍋の底をレードルで引っ掻いてみると、ゴツゴツとした感触がある。

しかし焦げた匂いはしない。

セーフ。

美智代は思わず息を吐いた。

ここで僅かでも焦がしてしまうと、すべてが水泡に帰すところだ。

時計を見ると、もう間もなく広信が帰ってくる時間だった。

カレーは相変わらず、食欲をそそるいい香りを放っている。

美智代は満足そうに笑う広信の顔を思い浮かべ、にんまりと笑った。

ただ、一つだけ忘れていた。

炊飯器のスイッチを、未だ入れていないことを――。