「まったく、ヴェローナに子どもが出来たときは肝が冷えたが、
あの時早まって子どもを流さなくて、本当に良かった」
全身が蕩けそうなほど眉尻を下げ、椅子に深く腰を沈めるカークスの喜びは、
孫ができたからという理由のせいでは、決してあるまい。
アニウスは父の言葉に耳を疑い、針のような瞳をますます細めた。
「子どもを流すとは、まさか!?
父上、ヴェローナに何をおっしゃったのです!」
アニウスの剣幕に、上機嫌で酒を飲んでいたカークスが渋面を作る。
「仕方ないだろう。まさか、ユピテロカ様の御子だなどど思わなかったからな。
秘密裏に子どもを流す計画だったのだ」
「なんということを!!」
アニウスは両手で顔を覆うと、声もなく床に膝を落とした。
「どうしたのだ、アニウス。気分でも悪いのか?」
出世欲にかられているカークスには、娘だけでなく、跡継ぎの息子の心までを深く傷つけてしまったことなど知る由もない。
見たこともないほどうなだれたアニウスの様子に、ただおろおろとするばかりであった。


