「ぶっは! ホント、髪短いの見慣れないんだけど!」
「うるせぇなー。俺だって切りたくて切ったわけじゃねぇよ」
「はいはい、バイトのためでしょ。知ってるよ」
「クソ……あの陰険野郎のせいで……」
襟足がワイシャツに付く程度になった髪をグシャグシャと搔き上げる祠稀は、最近その話ばかり。
2年生の夏から喫茶店でバイトを始めた祠稀は、最近まで髪が長いままだった。
店内がアンティーク調で雰囲気のある、ひっそりと街の隅に佇む喫茶店。
きっと長髪でも結えばいいし、そんな自分が働いてるほうが店への貢献になるとか何とか。
自信満々だった祠稀は、思惑通り即採用されたんだけど。
何やら先日カップルで来た新規のお客さんの彼女が、祠稀をかっこいいと騒いだらしく、彼氏がいちゃもんを付けてきたようで。
「ああ、腹立つ……俺の髪は黒じゃねぇんだよ蒼いんだよ」
「飲み物に髪の毛入ってるんですけどー?って言われたんでしょ」
「あー! 思い出しただけで腹立つ!」
まあ、腹立たしいのは事実だけど、店からしたら謝る他ないし。
怒り狂う客が辞めろだの髪を切れば許すだの言ってきたら、辞めたくない祠稀も辞めてほしくない店長も、髪を切る以外の選択肢はないわけで。
「もういいじゃん。髪切ったの確認したら、来なくなったんでしょ? どうせ受験で切らなきゃいけないんだから、少し早まったと思えば」
「もう来ねぇのもムカつくし、自分から切るのと他人に言われて切るのじゃ、ちげぇだろ!」
まるで獣が噛み付くように怒る祠稀に、あたしは苦笑い。
それでも怒りに任せて客を殴ることも、辞めるとも言わなかったんだから、偉い。
あの祠稀が、まさかそんな。本当に奇跡か何かだと思う。
「偉い偉い、よく頑張りました」
「凪テメェ……他人事だと思いやがって!」
「ぎゃー! やめてよバカ!」
ガシッと頭を掴まれて、変わらず赤いスパイラルの髪をぐちゃぐちゃにされて怒っていると、「ふたりとも!」と喧嘩を止める声。
見ると、祠稀を叱りながらこちらに向かってくる有須と、その後ろをついてくる彗の姿。



