「俺は夏頃に転勤してきて……でも、凪のカウンセラーをしてたわけじゃないですよ」
「うん……それでも会ってたってことは、凪は早坂を頼りにしてたってことだよね。昔みたいに」
……やっぱ颯輔さんは、凪と早坂がカウンセラーと患者の域を超えていることに、薄々気付いてると思う。
だけど確信に触れるようなこともなければ、棘のある言い方もしない。
ただなんとなく、悲しそうだと感じた。寂しそうと言ったほうがいいかもしれないけど。
「颯輔さん」
少なからずどんよりとしていたリビングに、彗の声が響く。
「……凪は、このマンションを出てったよ」
「……」
事実を言ってしまった彗に誰も目を見張らなかったのは、そう教えるべきだと思っていたからかもしれない。それが正解だったかのように、颯輔さんも驚きはしなかった。
「……いつ?」
「今日だよ。……夕方くらい」
「そっか……電話しても、出なかった?」
「……うん」
彗が頷くと、再び沈黙が流れる。颯輔さんはマグカップを手に、少し考えてるようだった。
「……もっと取り乱すかと思ってたけど。そうでもないんすね」
俺が発した言葉は全員に届いて、視線を一気に浴びる。
「正直、凪がいなくなったことを言うか言わないか、決めてなかったけど。言ったら、颯輔さんはすぐにでも凪に電話するかと思ってた」
颯輔さんはマグカップを置いて、俯きがちになる。その口元は少し上がっていたけど、返答に困ってるみたいだった。
「……今、俺が電話したところで繋がるか分からないし。繋がったとしても、結果的に凪を追いつめるのが俺なら、できないよ」
そんなことないと言えないのは、颯輔さんに知らせるのは最後だと決めていたから。
できることなら、凪がいなくなったことは知らせずにいたいと思っていたからだった。
……その理由が、本人の口から出るなんてな。



