俺の思考が止まったのも、祠稀が財布で遊ぶのをやめたのも、背後から聞こえた声のせいだった。
振り向くと、ドアを開けた颯輔さんが病室に入るところで、緑夏さんも後に続く。
俺や祠稀を通り過ぎ、凪の目の前で止まった颯輔さんの表情はきっと今も、険しいままだ。
「何してるの、凪」
倒された点滴台や、凪が手に持つコートを見ての言葉だと思った。
隣に視線を移すと、祠稀はわざとらしく肩を竦め、俺に財布を押し付けてくる。
「帰るんだよ」
仕方なく財布を受け取ると、凪のハッキリとした声が病室に響いた。
「財布返して」
「凪!」
「帰るって言ってんじゃん!!」
颯輔さんに掴まれた腕を振り払った凪は、コートさえも投げ付けた。行き場のない感情を、ぶつけるみたいに。
「もう来ないでって言ったのに! あたしが帰れば済むんだから、ほっといてよ!」
「凪……っ」
歯を食いしばるような、絞り出すような颯輔さんの声は、凪には届かない。
「だいたいなんでみんながここにいるの!? 連れてきたの!? 余計なことしないでよっ!!」
――パンッ!
「颯輔さん…!」
渇いた音に驚いた俺は、思わず背中に声を投げかけてしまう。だけど颯輔さんは振り返らず、凪と対峙することをやめない。
「みんな心配してたんだよ……っ」
頬を叩かれた衝撃で俯いていた凪は、ゆっくりと顔を颯輔さんに向けた。
痛みに歪む、つらそうな、泣きそうにも見える凪の表情。
きっと叩かれたのなんて初めてだろうとは思ったけど、お互い必要なことだったのもかもしれない。
颯輔さんは父親として。凪は娘として。本気でぶつかり合うことを、ずっと避けていたはずだから。
そう思ったのは確かだけど、怒りでも、悲しみでもない感情が、俺の胸を深くえぐる。
――後悔しちゃダメだ。
決めたんだ。颯輔さんが家に来た時に。
正しいのか、間違ってるのかなんて、そんなことよりも。どれだけつらくて、苦しいことか分かっていても。
俺が望んで、自分の意思で決めたんだ。
この家族を……。
俺の家族を、守ってみせるって。
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