「産まないほうが……かも……ない…っ」
確かに聞こえた、緑夏ちゃんの震えた声。
全て聞き取れたわけじゃなかった。だけどあたしの頭の中で反芻され、言葉はしっかりと繋がっていく。
――ウマナイホウガイイカモシレナイ。
「――…」
「なんでそんな話になるんだ……っ」
「だって! ……だ、って……」
ふたりの声が耳を通り抜けて、周りの音が遠のいていく感覚。
「夢虹さーん!」
ビクッと肩を強張らせたのは一瞬で、すぐに呼ばれたのは夫婦のほうだと分かる。
あたしは微動だにせず、数分経ってから窺うように椅子の隙間からふたりを探した。
動く人たちで見え隠れしたけど、サヤが緑夏ちゃんの背中に手を添え、歩き出したのを確認する。
ふたりがエスカレーターに乗り1階へ下りていくのを見てから、あたしはやっと立ち上がることができた。
「……クソ女」
いつもの声色で口をつく、汚い言葉。けれどそれは本人に届くことなく、あたし自身を痛めつける。
乱暴にフードを取って、その勢いのまま歩いた。歩調の荒さは今の気分そのもので、エスカレーターさえも大股で上り切る。
3階にある病室の前に着けば苛立ちも最高潮で、病室に入るなり、ベッド横に放置していた点滴台を押し倒した。
ガシャンッ!!とけたたましい音は、あたしの気を休めるどころか、粗暴で乱雑な感情をかき立てる。
――帰りたい。
どこに? 分からない。だけど消えたい。
ここにいたくない……っ!
簡素なソファーとテーブルが置かれたほうへ向かう。ソファーに置かれた自分の荷物をザッと眺め、その中から必要最低限のものを探し出す。
財布とコートだけでいい……!
その2つだけを持って立ち上がり、振り向いたあたしは目を見開いた。
心の奥底でブクブクと滾っていた何かが、焦燥へと姿を変える。
「……な、んで……」
病室のドアを開けて立っていたのは、ここにいるはずのない彗と、有須と、祠稀だった。
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