「あれ!? その髪、夢虹さん!? 何してるんですかっ!」
病室から抜け出し、エレベーターの前で俯いていると、そんな声がかけられる。
……なんでバレるかな。
よほど近くにいたのか、すぐにあたしの腕を掴んだ看護師は声を荒げた。
「勝手に点滴針抜いて! 病室から抜け出して、どこ行く気ですか!」
「もう大丈夫なんで……」
「ダメですよ! これから先生に診てもらって、暫く入院していただくんですから!」
冗談じゃない……!
そう言えなかったのは、顔を上げた瞬間、看護師の背後にサヤを見つけてしまったから。
驚きに目を見開くあたしと違い、サヤは微笑んだ。
「すみません、ウチの子が」
「ああ……お父様、お戻りになられたんですね。もうすぐ先生が診察にうかがいますから、病室に連れていってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
去っていく看護師の背中を見送ったサヤは、固まって動かないあたしに視線を移す。
「凪」
ビクッと肩を揺らすと、サヤはあたしの手を取ろうとする。それはあたしが避けたから、かなわなかったけれど。
……なんでもうサヤがいるの。仕事中だとばっかり……。
「凪、病室に戻るよ」
「……」
きっとあたしの顔は真っ青だ。なんでこんなに混乱してるのか、自分でも分からない。
「ほら、早く」
サヤは無理やりにでもあたしの手を取って、歩き出す。
抵抗しようにも、今度はできなかった。一瞬だけ垣間見たサヤの表情が、声まで、怒りを表していたから。
足元から、胸の奥底から、浸食するように迫りくる、取り留めのない何か。
それがあたしを恐怖のどん底に落として、混乱の渦に巻き込むから。うまい言いわけが、言葉が、嘘が、何ひとつ浮かばなかった。
いっそのこと、気を失いたいと思うほど。そのまま深く眠りたいと思うほどに。
サヤの手を振り払って逃げる気力は、今のあたしにはなかった。



