今を生きるあたしはいつだって手ぶらで、振り返れば山ほどの思い出があるけれど。それが遠く、過去になればなる分だけ、廃れてゴミになっていく。
「変化も理由もないよ。ただ単に、いつの間にかそうなっただけ」
「ふーん……あ、同居人が真面目とか?」
「……ふつうだと思うけど。多分」
「多分て。一緒に住んでんのに――…」
振り返ってベッドに頬杖をつくと、見上げてくるあたしに優太は言葉を切った。
うるさいという意味を込めた微笑みも視線も、優太には伝わらない。
互いに黙ると、部屋に流れる音楽がやけに大きく聞こえた。
「……優太は今、真面目なの? それとも、いい子ちゃんのふりしてんの?」
じっと見上げられる眼差しから逃げた優太は、やがて決心したような眼であたしを見下ろす。
「凪、やっぱ……雰囲気変わったよな」
言いながら、迷うような手つきであたしの頬に触れた。
同時に近付いてきた優太を受け入れるために、瞼を閉じる。
軽く触れた優太の唇は少し乾いていたけど、熱くなる吐息ですぐにその感覚は薄れていった。
……そう。いつだって、そうだ。
引っ張りあげられてベッドに押し倒された瞬間も。電気を消してあたしに覆い被さる重みも。
服を1枚1枚脱がされながら、指や唇で肌を撫でられる感覚も。
全て明日には薄れて曖昧なものになっていく。
遠く、過去になればなる分だけ、廃れてゴミになる思い出だ。
永遠なんていらない。この、今一瞬さえあれば。瞬きほどの刹那でも、その中にさえいれば。あたしは生きていける。
それなのに、切り離せない。
色褪せていくものは確かにあるのに。そのほうが多いはずなのに。絶対に色褪せない、ひと際輝くものがゴミの中に埋もれていることを知ってる。
だけどそれは、見てはいけない。掘り起こしてはいけない。
だからあたしは好きでもない男に抱かれるし、いつだって嘘を並べる。その輝きが遠く、見えなくなるまで、ずっと。
――優太と初めて体を重ねても、その行為のどこにも真新しさはなかった。
強いて言うなら、初めはぎこちなく感じていた優太の手つきが、次第に慣れた手つきに変わっていったこと。
その程度だった。



