「ずっと訊きたかったんだけど……本当は凪、再婚が嫌で家出たんじゃないの? だからまだ、家に帰ってないとか?」
「……」
あたしが眉を寄せたことに久美は焦ったのか、少しどもりながら、それでも言葉を続ける。
「だって、気まずいじゃん? いきなり現れて、今日からあなたのお母さんになりまーすとか言われてもさ、イヤ、頼んでないし!って感じじゃん? あたしでもイヤだよ〜」
……なんだ。さっきの表情は悲しそうだったんじゃなくて、話題の気まずさからきた表情か。
「くっ……あはは! 久美ってば、何言ってんの!」
なんて的外れなことを言ってくれるんだろう。
「そんなんじゃないよっ」
言葉の全てに笑いを含ませながら言ったけど、久美の表情は見えなかった。笑い過ぎて、生理的な涙が滲んだから。
――あたしとサヤと緑夏ちゃんは、そんなんじゃなかった。
あたしにとって、母親ができる事実はある日突然のことじゃなかったんだよ。
あたしとサヤだけの空間が、ひとりの女にジワジワと浸食されて崩壊されていく様を、陰からずっと見ていた。
何も知らないサヤが、あたしから離れていくのを毎日感じていたんだから。
あたしでもイヤだよ〜、なんて。笑わせてくれる。
……違うか。そんな言葉が出るのは当たり前だ。
あたしがサヤに抱く感情なんて、久美は知らない。中学の同級生だって、みんな。
誰も知らなくていいことなんだ。
「ていうかね、今家に帰ってもどうせ久美たちと遊んで家にいないだろうし、落ち着いたら帰ろうと思ってたんだよ」
くすくすと笑うあたしを見上げる久美に、最後のひと押し。
「それとも何。久美は、パパより先にみんなに会いに来たあたしを喜んでくれないわけ?」
久美はすぐに、「そんなことない〜!」とあたしの体にすり寄ってくる。それを喜びながら受け入れて、先ほどの会話なんて意味がなかったみたいに、他愛ない話をした。
すぐに忘れてしまいそうなくらい、本当にどうでもいい話をしたかった。



