「!!」
力任せに枢稀の胸ぐらを掴む。一瞬怯えた顔をしたくせに、殴りはしない俺に権力を振り翳す馬鹿犬に吐き気がした。
「殴ってどうなるの、祠稀。謹慎くらって、夜、出歩けなくなるだけだよ」
“夜”という単語を無駄に強調する枢稀は、呆れるくらい誇らしげで、哀れなほど存在価値のない奴だと思った。
チッと舌打ちして乱暴に手を離すと、枢稀は揺るまったネクタイを締める。
……ああ。イライラする。
なんでわざわざ俺が通う高校に来てんだよ。ふざけんな。顔も見たくねえのに。
理由を考えればすぐに答えは出るけど、考えたくないのも、答えがいらないのも本当だ。
「教室に戻りなさい。俺は、優しくないよ」
ネクタイを直した枢稀は俺を見て、飄々とした様子で言う。その憎たらしさと言ったらもう。
優しくないんじゃなくて、親父の言いなりってだけだろーが。
「ほんと、アホくさ。テメェは黙って親父の靴でも舐めてろ」
言うだけ言って、俺は大きく1歩踏み出した。
「……逃げられると思うなよ、祠稀」
冷たい風に乗って耳に届いた言葉は、体温を奪って、体の芯まで凍えさせた。
……弱い。
俺はまだ、弱い。こんなんじゃ、守れない。残されたものを、救えない。
目眩が起きそうになるのを必死に堪えて、歩いた。
前へ、前へ。止まることなく。
それは、俺が唯一尊敬する人に教えてもらった、ただひとつの生き方だった。
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