「おっせぇよ凪。何分待たせりゃ……」
マンションの前に停まっていた車のドアを開けると、早坂先生は眉を寄せて流れていた音楽を止める。
「何? 誤作動?」
あたしの背後にあるマンションからは、警報音が鳴り響いていた。
耳を劈くようなそれを不審に思ったのか、早坂先生は質問の答えを促すようにあたしを見る。
「……凪?」
返事をしないまま助手席に乗り込むと、思いきり右手首を掴まれた。ガラスを割った時にできた傷口から、血が滴っている。
「……お前がやったの? なんで? つーか忘れもんは?」
「先生……の家に、便箋ある?」
「は? あるけど、俺の質問に答えろ」
嫌だ。早くあたしを、ここから遠ざけて。
抱き合ってるふたりを邪魔する警報音が、聞こえなくなる場所まで。
「……てかこれ、病院……っ!」
掴まれていた手首を無理やり自分に引き寄せ、早坂先生の手から逃れる。
そのまま顔を覆って俯くと、ヌルッとした感触が頬に伝わった。他にも腕を伝う感覚があったけれど、それが血か涙かは分からない。
「凪……どうしたんだよ」
分かんない。知らないよ。
代わりに教えてほしい。
でも今はもう、何も考えたくない。いくら考えても、導かれる答えが孤独でしかないんだよ。
嗚咽が、車内に響く。苦しくて、寂しくて、死んでしまいそう。
「……彗に逢いたい……」
誰にも分からない気持ち。彗なら分かってくれる。
あたしと同じ、本当の両親がもうこの世にいない彗なら。
小さい頃のように、黙って聞いてくれて、そばにいてくれる。ぎゅってして、微笑んでくれる。
――彗。
どこにいるの。逢いたい。声が聞きたい。笑顔が見たい。
彗。寂しい。ひとりが怖い。助けて。
お願いだから、助けて。



