もはや苦痛しか感じないこの状況から逃げるように、あたしは未だ耳に届く声を背にして、家を出た。
音を出さないよう慎重に、抜け目なくするあたしは惨め以外のなんでもない。
怒ることも泣き叫ぶこともできぬまま、あたしはまたふたりを、ふたりだけの世界に閉じ込めた。
「……アホくさ」
早坂先生がマンションの下で待ってる。
目的だった下着は取りに行けなかったけど、適当に言いわけすればいい。
それとも、サヤと緑夏ちゃんがヤッてたと笑って言おうか。
あたしのためにサヤのために早坂先生を利用したんだけど意味がなかったとも話してしまおうか。
―――そう、意味なんてなくなった。何もかも。
けっきょく好きだと認めても、サヤには緑夏ちゃんがいる。
血が繋がらなくても、家族?
じゃあ、サヤと緑夏ちゃんがこのまま結婚したら? 2人の間に子供が産まれたら?
あたしの居場所なんて、どこにもないじゃない。
引き摺るようにエレベーターへ向かっていた脚を止める。
バッグごと車に置いて来たから時間は確認できないけど、夜11時くらいのはずだ。
マンションは静寂に包まれているようで、微かな賑やかさも耳を澄ませば聞こえる。そのどれもが、今のあたしにとって煩わしかった。
こんなにも、苦しいのに。
誰かはどこかで笑ってる。
こんなにも、寂しいのに。
サヤと緑夏ちゃんは愛し合ってる。
虚ろな目で前を見据えると、一直線の通路を規則的に並ぶ電灯が照らしていた。次に目に入ったものに、大きく1歩踏み出す。
泣き叫べない代わりに。
堪えきれなかった激情に任せて。
あたしの拳は、1枚の薄いガラスを割った。



