「……っ、待って、苦し……」
息も絶え絶えに、それでも甘えたような声を出すのは、明らかに緑夏ちゃんだった。
薄暗い部屋の中では輪郭がぼやけているけれど、ベッドの上で緑夏ちゃんが寝転んでいることは分かる。
女の体を晒して、女の声を出して。潤んだ瞳で、サヤのことを誘惑してるんだ。
ドアを、蹴飛ばしてやろうか。
「待てない……」
――息が、止まった。
壊れかけた機械みたいに、ギシギシと首を回す。
「え……待っ、あっ―――…!」
再び捉えた光景に、あたしはよろりと後ろへ下がった。壁を背にして、限界まで見開かれた目は床を一心に見つめる。
――――何。
何、なんなの。なんでサヤが……!
『待てない』
嘘だ。嘘、そんなの聞き間違い。
だって、緑夏ちゃんに無理やり迫られたとか。緑夏ちゃん顔はかわいいから、騙されちゃったんだよね?
それか、ホラ。ドラマとか漫画みたいに、弱味を握られたから仕方なくとか……そうでしょう?
ねぇ、そうでしょう?
大丈夫、あたしが助けてあげる。
あたしが目を覚まさせてあげるから。だから――……。
「……はは」
ズルズルと壁を擦って床に腰を落とすと、震える両手で耳を塞いだ。
目を瞑って、奥歯を噛み締める。なんの意味もないけれど、足が動かなくて、そうする他なくて。
耳を塞いでも、目を閉じても。荒れる息が、色を含む囁きが、脳裏にこびり付いて離れない。
馬鹿なことを。
サヤが、人に騙されるわけないのに。緑夏ちゃんが人を騙すなんてできそうもないのに。あたしは、馬鹿だ。
サヤを助けてあげる必要も、目を覚まさせてあげる必要もない。
そんなものはあたしの願いで、サヤが緑夏ちゃんを好きだと言う事実を否定したかっただけ。
――あたしを好きになって。
もう曖昧になどできないくらい、はっきりと分かってしまった。
理性も建前も捨ててしまえば、残る本音はただひとつ。



