「……大切。大事。……迷惑を、かけたくない。恩返ししたい」
胸が、焦げるように熱い。きつく結んだ唇は意味も成さず、震える度に吐息が漏れた。
――あたしは一度だって、サヤを父親だと思ったことなんかない。父親の代わりではあっても、文字通り代わりでしかなくて。
あたしにとってはただの男の人だった。
だけどサヤにとってあたしは、“娘”だ。
それ以上でも、それ以下でもない。微塵も血の繋がらないあたしを、大事に大事に育ててくれて……。
それなのに。
「あたしはいつも……何も返せない」
恩返しなんてとんでもない。
サヤが好きかもしれない?
そんな想いは1%も抱いちゃいけない。微塵も思っちゃいけない。恋愛対象に見ることすら間違ってるんだ。
あたしにとってサヤがどれだけ“男”でも、サヤにとってあたしは“娘”なのだから。
「ふーん。だったらせめて、心配はかけないようにすれば?」
コンッと何かを叩く音に恐る恐る顔を上げると、テーブルの上に名刺が置かれていた。
「そーすけサンはただ、溜めこんで欲しくないだけで、吐き出す場所があれば安心なんじゃない? 何に悩んでんのかは知らないけど、いつでもどーぞ」
先ほどの音は、早坂先生が爪でテーブルを叩いた音だった。今も名刺の上で同じようにしている。
その爪先を凝視すると、統一されたフォントで名前とURLとアドレス。その下にはペンで書き込まれた携帯アドレスと番号があった。
「夜中でも早朝でも、用があってもなくても。便利だなー。24時間営業ってのは」
「……別に悩みなんかないですけど、暇つぶしにはなります」
「いいね。嫌いじゃないよ、そういうの」
上等だとでも言うように口の端を上げた早坂先生に、あたしも笑い返した。
悩みなんて、もう消えた。
血が繋がらなくても家族。
そんなサヤの想いを一時的な気の迷いで、踏み躙っていいわけがない。



