――立秋を過ぎてもなお残る暑さは、寝不足が続くあたしにとって不快でしかない。
晴れた日の土曜。あたしとサヤは車で家から20分もかからない場所へ来ていた。
大きな街から少し外れた住宅街。その中心に聳え立つ高層マンションに、連れてこられた。
きょろきょろと辺りを見回していると、振り返ったサヤが笑う。
「凪、おいで」
そよ風がサヤの黒髪を揺らし、日差しがサヤの笑顔を照らす。柔く細めた瞳に映ってるのはあたしだけ。
そう思えば不快に感じた暑さも平気になるけど、そんなことを思う自分に吐き気がした。
曖昧に微笑み返したあたしの気持ちもまた、不明瞭にされたまま。
「今降りてくるって」
エントランスに入ると、サヤは携帯を持ちながら言った。
外のエントランスアプローチから綺麗だとは思っていたけど、中もシックで妙に緊張する。壁や床は黒と白がメインで、所々に使われたブラウンが幽寂を和らげていた。
「あ、来た」
サヤの声と視線の先を頼りに、こちらへ向かってくる人物を瞳に捉える。
「どーも、お久しぶりです」
「久しぶり。ごめんね、いきなり」
「いいですよ」
癖のある黒髪を耳にかけ、見えるのはキラキラと光る丸いピアス。カジュアルな格好でもお洒落に見えるのは、首元や手首のシルバーアクセサリーのせいかな。
縦に長いその人を見上げると、目が合った。
「凪ちゃん?」
サヤとは違う、男の人。僅かに肩を強張らせ「こんにちは」と言えば、切れ長の二重が細くなる。
「凪。こちら俺の後輩で、3つ下だから……もう26になった?」
「まだ25ですけど、年齢とかいいですよ。……どーも初めまして、早坂です」
見た目通りゴツゴツした早坂さんの手は、あたしの手を握り、上下に数回振ってから離す。
「んじゃ、行きますか」
……あっさりした人だな。
それが、“早坂先生”の第一印象だった。



