「凪? 入るよ?」
逃げるように部屋へと戻ったあたしのもとに、スーツを着たサヤが現れる。
スラッと伸びた二本の脚が近付き、ベッドにもたれかかるあたしの目線に合わせ、サヤは床に膝をついた。
「ダメだよ、ベッドに入ってなきゃ」
眉を八の字にして笑うサヤは、あたしが手に握る携帯を見てから話を切り出す。
「凪。今週の土曜、俺と出かけよう」
「……びょーいん?」
蚊の鳴くような声で聞くと、サヤは少し目を見張ってから僅かに口の端を上げた。
「そうだね。でもその前に会わせたい奴がいるんだ。きっと、凪も気に入るよ。……空けといてくれる?」
目を合わせず頷くと、あたしの名を呼ぶ穏やかな声。見るとサヤの手が伸びてきていて、あたしは俯きそれを受け入れた。
「ありがとう。今日は、早く帰ってくるからね」
「……うん」
「家事はしなくていいから、大人しくしてるんだよ?」
「……うん、大丈夫だから。遅刻するよ」
もうサヤが家を出る時間は過ぎている。だから言ったのに、サヤはもう一度あたしの頭を撫でて微笑んだ。
「自分がしんどい時に、気を遣うことないのに」
「……」
「いい子だね、凪は」
グッと息を呑み込み、サヤから視線を逸らす。
「……いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
サヤが部屋を、緑夏ちゃんと家を出るまで耳を澄ませた。
鍵が閉まる硬質な音が聞こえた途端、あたしは長い長い息を吐く。
強く携帯を握り締めていた手が蒸れている。おもむろに指を解いて携帯を開けば、瞳に映るのは質素な文字。
夏休みが明けて1週間程度。
携帯が受信したのは、優太からの別れのメールだった。
そろそろ言われるだろうと思っていたから、驚きはしなかった。
だけど、あたしは胸を抉られた気分。
別れようと告げられて、涙も出ない。悲しくも切なくもない。それが逆に痛みとなって、傷をつくる。



