――ピンポーン。
「あ、帰ってきたのかな? 今日早いね」
立ち上がり、インターホンの受話器を取り、リビングを出て行く緑夏ちゃんの流れるような動作を、あたしはピクリとも動かずに目で追いかけていた。
逆に頭の中はものすごい勢いで動いているはずなのに、自分が今何を考えているのか、何の答えを導き出そうとしているのか分からない。
ただひたすら、なんで、なんで、そればかりがまるで生き物のように、頭の中で蠢いていた。
「凪ぃ~! ただいっ……」
おかえり。そう、口を開いたのはずなのに、唇は動かず、言葉さえ出ない。
「……凪?」
あ、やっぱり言えてなかった。
「どうしたのっ。顔真っ青だよ……!」
駆け寄ってくるサヤの表情を見て自分の様子がおかしいことに気付いたけど、理由が分からない。
ぐらぐらと揺れている感じがした脳が、額に添えられた大きな手によって静止する。
「熱はないね。……具合悪かったの?」
「さっきまでふつうに喋ってたんですけど……」
サヤと緑夏ちゃんが会話してるのは分かるのに、内容を認識する前にそれがどこかへ遠のく。
あたしの目の前で膝を付くサヤが、後ろに立つ緑夏ちゃんを見上げて喋ってるだけなのに。
……何、これ。
「気持ち悪い……」
無防備だったサヤの腕をグッと掴んで俯くと、サヤが振り返ったのが分かる。
そのまま動いた空気に乗って、サヤの香水が鼻を掠めた。
「凪、つかまって」
……あ。今の声、あれだ。
ただの“サヤ”の声。



