「うん。大卒で入ったからまだ2年目なんだけど、優秀なんだ。入社前から熱心に見学に来てくれてた子でね~。今度大きなプレゼンがあるんだけど、ちょっと任せてみようかなって」
「ふぅん……じゃあ、教育するって感じ?」
「うん、そう。スキルをね、磨いてあげたいんだ」
楽しそう。サヤの顔を見てると、そう思う。
元々将来有望で、人望も厚いだろうサヤは、人の上に立っていて当然とさえ思う。
自分の力を見せびらかすわけでもなく、優秀な部下を育てることに力を注いでる。秋元くんも確か、相当優秀だったはずだ。
「……そ。じゃあ、頑張って」
「うん。ありがとう、凪」
もし他人と一緒に暮らすことは嫌だと思ったとしても、楽しそうなサヤを見たらそんなことは絶対に言えない。
例えどんなに、この家はふたりだけの居場所だと思っていても。
「えーと、緑夏さん?は、いつ来んの?」
「んと、今週の土日かなーって話してたんだけど……いい?」
……なんだ。あたしに許しを請わなくても、ふたりで話進めてたんじゃん。
「ん、分かった。あたし多分、久美とかと遊ぶと思う」
「うんっ! いいよっ、遊んでおいで」
「……」
「凪?」
「お風呂のお湯、出しっぱなしかも」
「っえ!? ちょ、見てくる!」
慌てて風呂場に向かうサヤの背中を見ながら、あたしは首を捻った。
ドロドロとした、苛立ちのような感情を感じたのに。先ほどあった胸騒ぎすらも、どこかに消えている。
鎖骨の下あたりを撫でてみるけれど、特になんともなかった。
「……?」
なんだったんだろ。
この時のあたしはまだ、自分の奥底で育っていた想いに気付くことができなかった。
この時気付いていれば。あたしはきっと、何も失わずに済んだのに。



