「ただいまー」


マンションに帰ると、きっちりと揃えられた外靴たち。ドアの開く音に顔を上げると、彗がリビングから出てきたところだった。


「おかえり」

「うん」


すっと伸びてきた彗の手が、あたしの鞄を取り上げる。拒む暇もなくブレザーを剥ぎ取られ、ぽかんとしていると彗に頬を撫でられた。


「冷えたでしょ。シャワー浴びてきなよ」

「……」

「……そんな顔で颯輔さんに会ったら、何かあったと思われるよ」

「……分かってるよ」


眉を寄せると、優しく頭を撫でられる。見上げると、微笑んでくれる彗。


「いい子」


何をしていたのか知ってるはずなのに、彗はそう言ってあたしの鞄とブレザーを持ってリビングへと戻って行く。あたしは短く溜め息をついて、風呂場へ直行した。


「……寒」


彗の言うとおり体は完全に冷えている。セックスして掻いた汗も拭わず、12月の冷気をブレザー1枚で凌ごうとしたんだから当たり前だけれど。



熱いくらいのシャワーを体中に打ち付けて、曇った全身鏡に手をついた。


キュッと音を立ててガラスを擦ると、その部分だけがあたしの顔を映す。


濃い化粧が落ちた顔。まっすぐに垂れ下がる髪は、自分の中学時代を思い起こさせた。


「……そっちのあたしは、幸せかなぁ」


いつだか何かで聞いたことがある。自分のいる世界が本当は偽物で、鏡の中が本当の世界なんだと。


童話だったか、はたまた怪談だったか忘れたけれど。


鏡に映るあたしと全く同じ顔は、あたしのような生き方をしてほしくないと、アホくさいことを思った。