「先生、退いてくださーい」
「あ、ごめんごめん」
看護師の声と共に先生の後ろから運ばれてきたのは、ベッドに寝かされた祠稀だった。頭に包帯を巻いて、瞳はもちろん開いてなかったけれど。
無事だと分かっているのに、その姿も目で確認できたのに、無性に泣きたくなった。
「すいません。通りますねー」
凪を、あたしと枢稀さんを、彗の横を通って運ばれる祠稀に、誰も声をかけなかった。目で追って、口を噤んだ。
無事でよかった。でもまだ何も解決はしてない。
「……凪、平気?」
祠稀が見えなくなると、彗はあたしの横を通り過ぎ、凪の頬を撫でに行った。その時初めて、凪が涙ぐんでいることに気付く。
「……」
胸の中に生まれた小さな嫉妬を消すように、静かに溜め息をついた。
……こんな時に何を考えてるんだろう、あたしは。
彗が凪を心配するなんて、当たり前なんだから。一々気にしてたら、きりがないよ。
そう自分に言い聞かせていると、先生が枢稀さんに手続きの話を始めた。
「じゃあ、あちらで……」
「日向さん!?」
「うわっ! ……どうしたの、ダメだよ院内走ったら」
突然角から現れたのは、看護師のひとりだった。見るからに走ってきた様子で、この場にいる全員の顔を確かめるように、辺りを眺め始める。
「日向さんがいないんです!」
「は? 何? ごめん、どっちの日向さん?」
「お母さんのほうですよ! 今、息子さんの話をしに行こうとしたら、いらっしゃらないんです!」
全身に、冷たいものが這う感覚。
「すでに息子さんのこと聞いて入れ違いかと思ったんですが、来てませんか!?」
除々に早まる鼓動が、ひとつの答えを導き出す。
―――おじさんが、連れ去った――…。
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