「……悪かった。自分の私利私欲ばかりに必死で……祠稀にも、謝ろう。許されるとは思わないけどな」
「……父さん」
ほっとしたような枢稀さんと違い、凪はおじさんを睨んでいた。あたしは信じるべきなのか惑い、この場凌ぎでなければいいと思った。
「どこに行くんですか」
疑ってることを隠しもしない凪の言葉に、おじさんは進めた足を止めて振り返る。
「先生のところへ。……手術の申請だよ。まだいるだろう、医者は」
凪を見ると、凪もあたしを見ていた。
信じるか、信じないか。そう伝わったけれど、凪は決心したようにおじさんを見返す。
「主治医、早坂でしょ。あたしの知り合いだから、まだいる」
嘘だったらすぐに分かる。そう言うように、凪は携帯を出して揺らす。
おじさんは「そうか」とだけ言って、再び歩き出した。
枢稀さんの横を通り過ぎて、角を曲がるおじさんを見送る。と、視界にいた枢稀さんが床に膝を付いた。
「……す、枢稀さん?」
突然のことに、あたしは駆け寄るより先に声をかけた。恐る恐る近付くと、床に小さな小さな水溜りができている。
「……よかったですね、分かってくれたみたいで」
本当はまだ少し、疑っていたけれど。枢稀さんの涙を見たら、そう言わずにはいられなかった。
枢稀さんは涙に濡れた顔を上げて、微笑む。
「まだ、祠稀に謝ってないけどね」
それでも、枢稀さんは1歩踏み出せた。きっと初めて父親に反抗して、守りたいものを口に出した。
それがどうか、おじさんに。祠稀に、伝わればいい。



