僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ



「ヒィッ! 来るな来るなっ! 何をする気だ!」


テーブルを挟んで、逃げることしか頭にないらしい親父の顔は真っ青だが、俺の手から包丁が離されることはない。


怒りが、憎しみが、包丁の刃に注ぎこまれてるかのように、ギラギラと輝く。


「ははっ、何? ビビってんの?」


ダンッとテーブルに足を乗せ、2、3歩進むと俺と親父を隔てる物はなくなった。


「俺に何をしてきたか忘れたわけ? 天野と組んで、ヒカリがどうなったか忘れたわけ? 母さんが死んだら、お前は保険金でも手に入れて、楽しく生きてくつもり?」


迫り来る殺意に親父は逃げるばかり。


「許されるか、そんなこと」

「ヒッ!!」


ヒュッと風を切った刃を、身を屈ませて避けた親父は、這うように玄関へと逃げていく。


醜い。そう思った。


まるで親父と追いかけっこしてるみたいだ。


気色悪い。ばからしい。こんなことは早く、終わらせたい。



「俺をさぁ、殴って蹴って焼いて、絞めて切りつけたくせに。自分が刺されるのは怖いなんて、どういう心理?」


足がもつれてうまく前へと進めていない親父の後ろから、包丁を揺らしてゆっくりと追いかける。


傍から見ればおぞましい光景なんだろうと思うけど、俺には哀れにしか思えない。


怒りに、憎しみに支配されて、実の父親を殺そうとするかわいそうな少年。


……俺には、同情される余地も、救いを求める権利も、ない。


母さんを手術させないことに怒ってここに来たはずなのに、いつの間にか、きっかけに変わっている。


どれだけ憎しみが薄れても、どれだけ凪が救ってくれると思っても。


この胸に潜む憎しみは、些細なことで爆発する。