「ヒィッ! 来るな来るなっ! 何をする気だ!」
テーブルを挟んで、逃げることしか頭にないらしい親父の顔は真っ青だが、俺の手から包丁が離されることはない。
怒りが、憎しみが、包丁の刃に注ぎこまれてるかのように、ギラギラと輝く。
「ははっ、何? ビビってんの?」
ダンッとテーブルに足を乗せ、2、3歩進むと俺と親父を隔てる物はなくなった。
「俺に何をしてきたか忘れたわけ? 天野と組んで、ヒカリがどうなったか忘れたわけ? 母さんが死んだら、お前は保険金でも手に入れて、楽しく生きてくつもり?」
迫り来る殺意に親父は逃げるばかり。
「許されるか、そんなこと」
「ヒッ!!」
ヒュッと風を切った刃を、身を屈ませて避けた親父は、這うように玄関へと逃げていく。
醜い。そう思った。
まるで親父と追いかけっこしてるみたいだ。
気色悪い。ばからしい。こんなことは早く、終わらせたい。
「俺をさぁ、殴って蹴って焼いて、絞めて切りつけたくせに。自分が刺されるのは怖いなんて、どういう心理?」
足がもつれてうまく前へと進めていない親父の後ろから、包丁を揺らしてゆっくりと追いかける。
傍から見ればおぞましい光景なんだろうと思うけど、俺には哀れにしか思えない。
怒りに、憎しみに支配されて、実の父親を殺そうとするかわいそうな少年。
……俺には、同情される余地も、救いを求める権利も、ない。
母さんを手術させないことに怒ってここに来たはずなのに、いつの間にか、きっかけに変わっている。
どれだけ憎しみが薄れても、どれだけ凪が救ってくれると思っても。
この胸に潜む憎しみは、些細なことで爆発する。



