エレベータはすんなり目的の階に着いたらしく、俺は小さい子供みたいに凪の1歩うしろを歩いた。
だけど凪が足を止め、見上げた先に“日向”というプレートが目に入った瞬間、逃げ出したくなった。
「……っ……は、……」
体が震える。
背中に玉のような汗が伝う。
呼吸が、うまくできない。
―――嫌だ。
嫌だ、逢いたくない。
こんな感情は、捨てたはずなのに。いらないから、捨てたのに。
湧き上がる後悔と罪悪感が、そんなことはありえないと言っている。
俺は、思い出さないようにしていただけで、家族を捨てられたわけじゃないことなんか分かっているのに。
どうしても否定したい。消したい、捨てたい。こんな感情は、どこか遠くへ。
逢いたくないんじゃない。逢えないんだ。
だって――…。
ガラリと突然開いたドア。吐き気を我慢するために口を覆っていた俺の視界に、赤い髪が靡く。
血……そう思う前に、凪が振り向いていた。
笑いもせず、怒りもせず。逃げたいと思う俺の気持ちを消し飛ばすほど、真摯な瞳で俺を見ていた。
凪と見つめ合った時間は1秒か、1分か分からないけど。とても早く、でもとても長く感じた。
凪が病室に足を進めるのと同時に、俺も俯きながら確実に前へ進む。
体中に、半年ぶりの母さんの視線を感じながら。



