「あの男も馬鹿だったな。俺に楯突くから、罰が当たったんだな」
ククッと、喉を鳴らす音が耳に響いて、俺は目の前の親父を凝視した。
伸びた前髪が鼻を掠めたのに気付いたように、親父が「そうだった」と口にする。
「そのだらしない髪も、切ってやろうと思ってたんだ」
ニヤリと口の端を上げる親父の手には、妖しく光る刃物。俺の背中を幾度も斬り付けたであろう、果物ナイフだった。
「ヒカリという男に似ていて、気分が悪かったんだ。後味がいいものでもなかったしな」
……俺は、何をしていたんだろう。
「まあ自業自得だな。ヒカリというクズに何を触発されたか分からないが、もう変な気は――」
―――ゴッ!!
親父を殴った感覚が、音が、分かった。湧き上がる怒りも、クソ以下の親父を睨みつける自分のことも。
忘れていた、憎しみも。
取り戻した感覚に、俺の体なのか、心なのか分からないけれど、ビリッと電気のように震えた。
「……」
ゆらりと立ち上がった俺に親父は肩を跳ねさせる。だけどもう親父を殴ることに興味なんてなく、俺はまっすぐにドアに向かって、蹴破った。
「……な……何を……」
耳触りな親父の声を無視して、今の衝撃で緩くなった取っ手に視線を落とす。試しに力を込めてみると、呆気なく壊れた。
……なんだ、衰えてないじゃん。
何度か拳を握ったり開いたりしてから、俺は部屋から1歩出た。



