まだ春だというのに暖かすぎる日差しは、すぐに私の額に汗を滲ませた。

こんなに歩くのは久しぶりだ。
すでに歩いて一時間、財布すら持っていない私は途中で休憩することも水分を補給することもできない。

 
それでも、どこか心地よい思いもあった。

体育の授業で身体を動かすときとは違う、疲れるのにどこか爽快。
運動すると気が紛れるとはよく言うが、こういうことなのかもしれない、と初めて知った気がする。

 
勿論、全てのことを忘れられるわけではない。

一人で黙々と歩いていれば色々なことが思い浮かんでしまうし、今一番思い出したくない斑鳩の顔ですら出てきてしまう。

ただ、適度な疲労感が深く考えさせることには歯止めをかけているようだった。


 
兄の部屋の近くまで来たとき、私の横に車が停まった。
どこかで見たようなスモークがかかったセダンだ。

 
気にせず歩き続けると、私のスピードに合わせてついてきて、後部座席のウィンドウが下がる。

横目にちらりと映ったのは、以前父の紹介で知り合ったどこぞの会社のご子息だった。