5月とはいえ、日が昇ったばかりの空気はまだほのかに冷たさが残る。
早朝の高伊の街を、一人歩く卓也。

昨日、変な体勢のまま固いステージの床で寝てしまったせいで、全身が痛い。
だけど、誰かがかけてくれた毛布のおかげで、風邪をひかずに済んだ。
安川教授かな。
なんだか、不思議な夢を見たような気がする。
思い出せないけど。あたたかいような、懐かしいような夢。
そのおかげかもしれない。
少ししか寝てないはずなのに、体が軽いような気がする。

阿南楽器工房の玄関への石段に、ポンと飛び乗ると、脇のポストの中に手を突っ込んだ。
ポストの底に敷いている木切れの下に、ドアの鍵が隠してあるのだ。
手を突っ込んだのはいいが、ポストの底になかなかたどり着かない。
ポストの中は、大量の郵便物であふれかえっていた。
わー、ユリが1週間いないだけで、この家はこんなに荒れるのか。

卓也は半分感心しながら、郵便物を取り出していく。

ピザ屋のクーポン。
クレジットの利用明細書。
高伊ニュータウン住宅フェアのご案内。
国民健康保険の督促状。
わしづかみにして、次々出していく。

指の隙間から、白い封筒が卓也の足元に落ちた。

「?」
拾い上げた卓也の手が止まる。

丁寧な手書きの文字で、「阿南百合様」と書かれていた。
差出人はどこにも書かれていない。
しかし、卓也はその筆跡に見覚えがあった。