背中で答えていた僕は、振り返った。

八重歯を覗かせて不敵な笑みを浮かべる彼女へ、なんだ、僕だってせせら笑いで返してやる。

「大した自信だね」

「うん。私、悪女になる女だから」

「僕は、君なんかに、恋はしない」

「言い切れる?」

「ああ」

ふっと腕を振りほどく。

「僕には、ちゃんと好きな人がいる」

「ふうん。もう、恋してるんだ」

「それ以上だよ。だから君に恋はしないし、キスだってしない」

「じゃあなおさら、後悔するよ」

「しない」

彼女の言っている意味が、わからない。

男を手玉に取って高笑いする悪女を目指すなら、僕なんかよりもよっぽど攻略し甲斐のある男がいるだろう。

鞄を片手に、彼女から離れる。また掴まれるかと思ったけど、それもない。さらなる要求もない。

足音のままに、僕と彼女の距離は離れた。

ドアのところで振り返り、訊いてみた。

「帰らないの?」

「ん」

「どうして」

「私ね、エネルギー切れなの」

「?」

「言ったでしょ。キスは薬なの」

つまり、その薬がなかったら君は動けない、と。