伸彦は、笛の音に顔を上げた。
誰が吹いているかなんて、もう分かっている。
こんな風に空が青く澄み切った日には、よく聞く音色。
(また、あそこに居るな。)
何処に居るかは、長年の勘で分かっている。
仕事の途中だが、少し話しをするくらい許されるだろう。
手にしていた筆をすずりに置くと、草履をつっかけて、寒空の下へと足を向けた。
音が近くなる。
伸彦が後ろで歩みを止めると、笛の音が静かに止んだ。
「伸彦。」
彼女は、振り向いてにっこりと笑った。
その笑みに胸が痛むのは、自分の気のせいではないはずだ。