「ハア…ハア…ハア…」


京の民家の隙間に身を潜める男は、顔を隠していた被り物を取り大きく息を吸い込んだ。


屋根と屋根の間に見えたのは、茜色に染まる雲。

男の名は、岡田以蔵。

幕末四大人斬りと恐れられた彼は、一人京を逃げ回っていた。


「ハア…。 矢央……」


民家の壁に持たれ、先日起こった池田屋のことを考える。

長州の過激派浪士に加え土佐藩の浪士も関わっていた池田屋事件。


池田屋に斬り込んだのが新選組だと知った時から気になっていたのは、一人の少女のことだった。


矢央と会えなくなって二週間足らずで、このような出来事が起こるとは。



「こっちにいたぞーっ!」

「クソっ!」


池田屋事件後、京中に浪士を捜す手が周り、以蔵もまたそれらの敵から逃げていた。

龍馬を頼ろうとも、その龍馬自身が京に入れないでいる最中、以蔵はただ一人逃げるしかなく。



入り組んだ民家の路地を走っては隠れ、走っては隠れを繰り返していた。



「わしは、どうなるんじゃ…」


仲間とはぐれ、路頭に迷う以蔵。

たまらなく心細くなり、無性に会いたい思いが募る。



「矢央は無事じゃろうか」


怪我はしていないか、新選組に戻った後の消息は分からす、どうしているのか気になった。

会いたい。

弱気になっている今の以蔵は、無性に人が恋しい。



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