「……矢央か。 本当に矢央なのか?」
矢央が次に顔を合わせたのは、風呂から帰ってきたばかりの原田だった。
懐かしい八畳程の部屋に、藤堂や永倉といるところに原田が帰ってきての第一声だった。
幽霊でも見ているような驚き見開かれた双眸。
矢央が屯所を去る最後に会った人物も原田である。
「原田さん……。 あの……」
ほぐれていた顔の筋肉に、また緊張が走った。
気まずい空気が部屋を包み込む。
原田が任務とはいえ、長州の間者であった楠を突いた。
それを目撃した矢央に、原田は問いかけた。
『お前は、この時代の生き方を理解しようとしたか』と。
いつも死を背負っている新選組を分かろうとはせず逃げていた矢央を、原田は突き放した。
そして、それが追い討ちとなり矢央は半年も新選組から姿を消す騒ぎとなってしまった。
原田は思う。 何故あの時、もう少し矢央の気持ちを労る努力をしなかったのだろうかと。
原田は正論を述べたが、しかしそれを受け入れられはずもないと分かっていたのに。
何故、矢央を追い詰めたままにしてしまったのかと。
「矢央。 すまなかったな」
「え……」
頭に巻いていた手拭いを外し、矢央の前に胡座をかいて座った原田が頭を下げた。
「お前を追い詰めたのは俺だろう。 辛い思いをしていたお前の気持ちを分かってやれなかった。 すまないと思ってる」
「原田さん……」
大きな体を丸める原田に、矢央は慌てた。
あの時、確かに原田の言葉に傷を抉られた。
だがそれは、この時代の厳しさを教えてくれたのだと、今なら素直に受け取れる。
嫌な役回りを原田がしたに過ぎないのだから、矢央は原田に頭を上げさせる。
「原田さんは悪くないんです。 あの時は、私が現実を受け入れる勇気がなかっただけなんです。 私がもっとこの時代を受け入れる勇気を持っていたら、みんなに心配かけるようなことはなかったんです」
「それはちげぇよ」
「新八……」
謝り合う二人の間に割って入った永倉は穏やかに言う。
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