元治元年、四月。

京の町を暖かい空気が包み、桜がヒラヒラと舞う春が訪れた。


「そっかぁ。 坂本さん相変わらず飛び回ってるんだねぇ」


町外れの茶屋の隅っこで、人目を避けるように男女が二人団子を頬張っている。


「以蔵さん大丈夫…?」

「…わしは龍馬に守られてるだけで何もできんぜよ」


串を皿に投げた以蔵は、顔を覆っていた黒い布をサラリと外し、ボサついた髪を撫でた。


もどかしい毎日に悩む以蔵。


「わしのこの手は沢山の血を浴びた。 そんな奴は、龍馬のような輝いた男の力にはなれんちゅーことなのか……」

「…以蔵さんが今までどうして人を斬ってきたのか私は知らないし知りたくもない」

「………」

「だけど以蔵さんが悔いているなら、今出来る精一杯をすればいいんじゃないかな?
私だって此処に来て、自分だけが傷付いた気でいたけど、実はみんなそれぞれ傷付いてたんだよね。 私が誰かを傷付けてたこともあった」

「………」

「だからね、私は私の出来ることをする。 私は、私を信じて頑張るだけだってね」

「……なんか吹っ切れたようだな」


以蔵は、はあと息を吐き最後の一本に手を伸ばした。


「吹っ切るしかないじゃん。 じゃなきゃ、前に進めない。 中途半端なのが、一番みんな傷付ける」


最近は笑顔を見せる回数が増えた矢央が、以蔵は少し遠くに感じた。

中途半端、それは己だ。

何がしたいのか、未だに分からず、ただ逃げているだけ。


「お前は偉いな。 わしは、いつも誰かの影に怯えているぜよ」

「……故郷には帰られないの?」

「帰れば……」


言うのを止めた。

帰りたい。

故郷に帰って、今度は普通に暮らしたい。

たが帰れば、以蔵を待つのは長く苦しい牢獄生活だけなのだ。

時々風の噂で聞く、仲間達が次々と捕らえられ牢獄に入れられ酷い拷問を受けていると。


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