坂本が江戸へとたったあと、矢央は桂のもとに身を寄せていた。


朝から忙しなく動き回る矢央を、開けた襖の隙間から呼びかける。


「矢央、朝から頑張ってるねぇ」

「おはようございます。 桂さん」


お膳を持って立ち止まった矢央は、にこにこと微笑んでいる桂に挨拶をする。


他人行儀だな。と、桂は苦笑いだ。


「それが片づいたら、部屋に来てくれないか?」

「……わかりました」


桂のもとにやってきて三日、生活環境には慣れたが、やはり桂にはなかなか慣れないでいる。

いつも笑顔の桂は、穏やかで優しい。

坂本から預かっているのもあるからか、女中として身を寄せる矢央に対しても割と気を使ってくれているようだった。


それなのに、矢央は桂には懐かなかった。







「桂さん、間島です」

「入っていいよー」


陽気な声に、はあと一息ついて襖を開けた。


「……なにやってるんですか?」


たった今開けたばかりだが、閉めてしまおうかと本気で思う。

何故ならば、朝、矢央が畳んで押し入れに締まったはずの布団を引っ張り出しているからだ。

しかも苦手な桂が、やはりにこにこと笑いながら。


「いやぁね、君がなかなか懐いてくれないから、親睦を深めるべきかと、ね」


ね、じゃないでしょ……。


盛大な溜め息をついた矢央の目の前に、布団を敷き終えた桂が歩み寄る。


「遠慮することはないよ。 さあさあ、お入りなさい」

「是非とも遠慮したいですけどね」


強引に腕を引かれ、部屋に招かれてしまった。

僅かに不安が積もる。


「怖がることはない。 さあ、遠慮しないで寝なさい」

「…………」


ポンポンと布団を叩く桂を睨み付ける矢央に、桂は苦笑いで言う。


「仲良くしたいんだけどな。 そんなに嫌い? 俺が」

「…………」

「――それとも、攘夷派が。 かな?」


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