俯いた矢央の頬に、そっと包み込むように永倉の大きな手が触れた。


「何故だ……。 どうして、約束を破った?」

「約束……」


永倉の切なげな顔は、困惑する矢央の顔を覗き込む。


僅かに香る酒の匂いが、二人の距離が近いことを教えた。



「お前が入隊した時、こういうことがあるんじゃねぇかと思って俺は反対だった」


永倉の想いを今になって知った。

少女には、危険にさらされることのない安全な場所にいてほしいと。

いつか道に迷った時、自由に考えて己の自由に歩いてほしいと。


「俺はよぉ、剣で身をたててぇと思って……脱藩したんだ」


勉学も剣術も学べた幼少時、悪ガキと呼ばれるほどの永倉だったが、それは心の中で"自由"を欲したからこその悪戯だった。

父の仕事を継げと言われ続けた。

しかし、永倉は自分の腕がどこまで通用するものか試したいと思った。


「連れと道場破りをしている内に、俺は近藤さんと出会った。 そこでは毎晩、武士とは何か、剣とは何かと語り明かしてな」


そのうち家に帰るとすれば、金を貰うに行く時くらいになり、永倉は思った「とんだ親不孝もんだよ」と。


「結局、俺は親も故郷も捨て今こうしてるわけだ。 だかな、これは己が決めたこと、後悔なんてしちゃいねぇ。 今死んだとしても、悔いもねぇ」


グイッと酒を煽り、ドンっと拳を叩きつける。

矢央が怯えるのは分かっていたが、それどころではない。

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